稲津秀樹のプロフィール

起業家・名誉僧侶(VIHARA DHARMAYANA KUTA仏教寺院)

はじめまして。稲津秀樹です。

すでに私のことをご存知の方も多いとは思いますが、簡単に私のことをお伝えいたします。

私が育ったのは岐阜県の関市で、子どもの頃は山に囲まれて過ごしました。

家庭はとても豊かと言えるものではなく、お好み焼きも生地だけを焼いて食べることもありました。

そんな家庭で育った私は…

将来は、豊かな生活をしたい!

と思うようになったのです。

そして社会人になり、豊かな生活をするために、本当に一生懸命に働きました。

私は豊かな生活をするためには、遊びの時間を削って1日24時間のうち、できるだけ多くの時間を仕事に費やすことが、一番の近道と当時は思っていたのです。

毎日、積極的にサービス残業をし、深夜2時頃まで会社に残るのは当たり前で、休日も出勤して働き続けました。

その結果、20代で事業部の責任者まで上り詰めることができたのです。

給料も20代にしては、破格の金額をいただいていましたので、子どもの頃に決意した『将来は豊かな生活をしたい!』という夢を叶えることができました。

ただこの時期から、『ある思い』が芽生え始めたのです。

それは…

このまま毎日深夜まで働いて、休日も働き続けることが本当に自分の幸せになるのだろうか?

でも今までそうやって頑張ってきた結果が、今の給料なのだから、このまま労働時間を維持しないと給料が下がり、生活レベルが落ちるかもしれない…。

今のペースで働き続ければ、いつか身体を壊すのではないか?

私は1日の多くの時間を仕事に費やすことにより、金銭面での豊かさは手に入れましたが、まったく自由な時間がなかったため、幸せではなかったのです。

私は凡人でしたので、豊かな生活をするためには働く時間を増やすことしかできなかったわけです。

私は自分の身体にムチを打って、働き続けました。

そして30歳になった頃、とうとう体力的にも精神的にも限界がきたのです。医師の診断は、『過労』『自律神経失調症』でした。

本当は会社を休みたくはなかったのですが、医師の強い勧めもあり、こころと身体を休めるために、約3週間のひとり旅に出かけることにしたのです。

渡航先は、以前社員旅行で訪れていたインドネシアのバリ島にしました。

はじめてのひとり旅でしたので、とても緊張したのを今でも覚えています。

バリ島についてからは、ホテルのプールサイドで日本から持ってきたビジネス書を読みながら、のんびりと過ごしました。

そして後に恩師となる『オーストラリア人のジャック』と運命的な出会いをしたのです。

ジャックの第一印象は、年齢は私の親くらいですが、自分の親とは違い、何か気品が漂う紳士という印象でした。

最初に話しかけてきたのはジャックでしたが、話をしているうちにジャックの人柄に惹かれていきました。

ジャックはオーストラリアで複数の会社を経営する起業家をしており、バリ島には3ヶ月のバカンスで訪れていたのです。

私の滞在期間は3週間でしたが、その多くの時間をジャックと過ごし、帰国後も家族付き合いをする仲までなりました。

そして起業家という肩書きを持つジャックの影響を、私は徐々に受けていったのです。

ジャックは私を息子のように接してくれ、『幸せになるための知識や智慧(ちえ)』を伝授してくれました。

そのうち私もジャックのようになりたいと思い、起業を志すようになり、ジャックの勧めで32歳の時に起業の道へ進んだのです。

会社員の時代は金銭面では豊かになれましたが、自由になる時間がまったくなかったために、私は幸せではありませんでした。

『自由な時間』を手にいれるために、起業の道を歩み始めたわけです。

起業をして最初の3ヶ月はとても苦労をしましたが、ジャックの教え通りに進めているうちに、私の会社は4ヶ月目で黒字になり、最初の3年で北は北海道から南は沖縄まで支店を持ち、従業員も100人を超えるほどに成長することができました。

また他の事業にも積極的に進出し、2018年までで会社を18社設立し、すべてを黒字にすることができたのです。

そして起業をして3年後の35歳のとき、金銭面と自由な時間の両方を手にすることができたのです。

ただ私には大きな悩みがありました。

それは『人間関係』の悩みだったのです。

私の会社はたった3年で急激に成長したために、会社内の人間関係が強固なものになっていなかったのです。

人間関係が良好でないと幸せを感じることはできません。

私は金銭面と自由な時間だけでは、幸せになることができないことに、35歳で気づいたのです。

そこで私は、今まで築き上げてきた会社のほとんどを売却し、ジャックに教えを請うためバリ島に移住をしたのです。

バリ島ではいろいろな縁がありました。

バリ島の大学の客員講師にならないかとお誘いがあり、大学の客員講師にもなりました。

バリ島の大学の客員講師に就任した時の写真

バリ島の大学の客員講師に就任した時のスピーチ時の写真

幸せを探求するため、それまで親交のあった僧侶のロモ氏の元で出家もしました。

そして僧侶としての実績を認められて、名誉僧侶の試験(筆記・実技・面接)を受けることができ、日本人としてはじめて僧侶の仲の高僧の位である名誉僧侶に就くことができたのです。

名誉僧侶の筆記試験を受けている時の写真

名誉僧侶の実技試験を受けている時の写真

名誉僧侶の面接を受けている時の写真

筆記・実技・面接に合格し、名誉僧侶証明証を渡される時の写真

名誉僧侶の証明証

そしてようやく『幸せな自由人』になることができたわけです。

幸せな自由人は、この公式で表すことができます。

《 5+1=1 》

これが公式ですが、数字だけでは分かりづらいので、意味を付け加えるとこうなります。

《 5(5つの要素からの自由)+1(観念からの自由)=1(幸せな自由人) 》

そして5つの要素からの自由というのは…

①人間関係の自由:誰と付き合うかを選べる自由のこと
②お金の自由:お金のことを考えないで生活できる自由のこと
③時間の自由:1日24時間を自由に使える自由のこと
④場所の自由:好きな場所へ好きなだけ行ける自由のこと
⑤健康の自由:健康を維持することで長く人生を楽しむ自由のこと

この公式が、私が起業家として、そして僧侶として学んで気づいたことでした。

現在はバリ島と日本を行き来しながら、バリ島では名誉僧侶として、日本では起業家として活動をしながら、幸せな自由人になるための知識と智慧(ちえ)を、『幸せな自由人勉強会』を通じて多くの方に教えています。

幸せな自由人勉強会の収録時の写真

これが簡単ではありますが、私のプロフィールとなります。

幸せな自由人の知識や智慧(ちえ)は、『幸せな自由人勉強会』で教えていますので、興味がある方は『幸せな自由人勉強会のご案内ページ』を読んでみてくださいね。

【追伸】
私は本名で活動をしていますが、作家の中にはペンネームを使う人もいます。またビジネスも本名ではなくビジネスネームを使う人が増えています。

ただ私は本名で活動することが、信頼に繋がると考えています。

そこで私が本名で活動している証として、私が名誉僧侶を務めるインドネシアバリ島の運転免許証を、開示させていただきます。

また私は多くの方と直接連絡が取れるように、LINEをしています。
LINEへ送っていただければ、私から個別にボイスメッセージにてお返事をさせていただきます。

インドネシアの運転免許証


2018/12/13