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自分を許すということ  

 

SANA
 SANA
結合: 11か月前
投稿: 18
2020年10月7日 4:52 PM  

こんにちはヒデさん。

185回あたりのメルマガだったと思うのですが、自分を許すことができているか?という内容だったと思います。

私は自分のことをとても悪いことをしてきた人間だと思い込んでいて、長年カウンセリングをしていただいてるカウンセラーさんには私が自分をわるいものとして自分を責めていることが本当はそんな必要ないと思うというようなことを言われています。

自分を悪いと思うのは多分自分の観念の中で悪いと自覚しながらそれをしてきてしまったという思いがあるからな気がします。

悪いことをした自分の罪悪感と、責めることでなぜか許してもらえる?と思っている気もします。

メルマガを読んで本当に自分を許せていないことと、同じように他者も許せていないことを痛感しました。

でも、許すということがどんなことなのか、許すとどうなるのか、考えるほどわかりません。

自分を許すにはどうしたらいいのでしょうか?

責めるという方法が間違っているのはわかっています。

なかったことにするのはおかしいと思いましたし、受け入れる?という言葉は近いのかな?と色々と考えてみたのですが腑に落ちる考えは浮かびません。

よろしくお願いします


引用
稲津秀樹
結合: 4年前
投稿: 752
2020年10月8日 8:52 AM  

SANAさん、こんにちは! 稲津 秀樹です。

ご質問ありがとうございます。

SANAさんは、『自分は悪いことをしてきた人間』と思い、自分を責めてしまっているのですね。

自分を責めるということは、SANAさんの中に善の部分があるからです。

もし善がなければ、『悪いことをした』と思うことはないですよね。

ですからまずは自分の中に『善がある』ことを感じてくださいね。

 

そして『どうしたら自分を許せるのか?』なのですが……

 

悪いことをした自分を、肯定することもなく、また否定することなく、ただ観察してみてください。

もし観察している時に、罪悪感が湧いてくるのであれば、その罪悪感も観察してみてください。

ポイントは判断(ジャッジ)をしないことです。

 

そして人は皆未熟な部分を持っているものですので、未熟だから悪いのではなく、未熟な部分があっても成長できるのが人間だということを理解していきましょう。

未熟だからこそ、悪いことをしてしまうこともあるでしょう。

だからこそ、未知数の成長の可能性があるのです。

 

この成長という可能性から見ることが、自分を受け入れるということなのですよ。

反省はしても良いですが、自分を責める必要はありません。

なぜなら自分を責めても改善はできないからです。

 

ですからまずは『そんな自分を受け入れる』ことからしていきましょうね。


返信引用
SANA
 SANA
結合: 11か月前
投稿: 18
2020年10月9日 9:58 AM  

こんにちはヒデさん

早い返信ありがとうございます!

悪いと思うということは自分の中に善があるというのは、なんだか驚きでした。

ジャッジをせずに観察をするというのは、先入観をもって見たり、感情を伴って見ることをやめるということでいいのでしょうか?

自分はまだ未熟でだからこそ、成長することができる、その可能性の部分を認める?ということが許すことにつながるという解釈でよろしいですか?

ヒデさんの言葉を読んで一晩反芻しました。

だんだんと自分が悪いものそのものではなくて、成長途中の子供のような気がしてきました。

そう思えてきたら、責めるのが間違っているのももっと痛感しましたし、私を育てる?成長させることができるのは私しかいないのかな?と思えてきました。

こういったことは人にきくことではないのかなと思って、質問するのは躊躇っていました。

でも質問してよかったです。何かきっかけになりそうです。

ありがとうございました😊


返信引用
稲津秀樹
結合: 4年前
投稿: 752
2020年10月9日 3:17 PM  

SANAさん、お返事ありがとうございます! 稲津 秀樹です。

子どもは悪いこともしますが、必ず成長していきます。
子どもが悪いことしたから、あなたは悪い人というレッテルを貼らずに、子どもの成長を信頼してあげることはとても大切なことですよね。

これと同じなのです。
SANAさんは、SANAさんを信頼してあげてくださいね。
一番身近な自分自身が信頼をすることで、成長は加速していくものなのですよ。

ジャッジをせずに観察をするというのは、先入観をもって見たり、感情を伴って見ることをやめるということでいいのでしょうか?

とのご質問ですが、その通りです。
仏教の八正道でいう、正見・正思(正思唯)が大切ということですね。

自分はまだ未熟でだからこそ、成長することができる、その可能性の部分を認める?ということが許すことにつながるという解釈でよろしいですか?

の部分ですが、まず『許す』ということは『許さない(許せない)』という部分があるということになりますよね。

例えば『正解』という定義を作るということは、『誤り』というのも生み出すということです。

つまりジャッジをするということなのですね。
ですので前回のお返事では、判断(ジャッジ)をしないことが大切とお伝えしたのです。

自分の中の裁判官を発動して、自分自身をジャッジするのではなく、自分自身をありのままに見ることが大切なのですよ。


返信引用
SANA
 SANA
結合: 11か月前
投稿: 18
2020年10月9日 3:31 PM  

ヒデさん 返信ありがとうございます!

許すということは許さないという部分があるという言葉をみて、はっ!となりました。

色々なことをいかに無意識のうちに判断していたのかよくわかりました。

無意識の判断に自分が苦しんでいたこともわかりました。

正見、正思も本を読んで頭の中ではわかっていたつもりでも、どんなものというかどんな感じのものなのかというのはわかっていなかったのもわかりました。

ありのままを先入観や感情を入れないでそのまま見つめるということの大切さを痛感しました。

まだ、どうしてもそんな静かで大きな感じで見つめることができず、色々と言葉や感情がでてきてしまいます。

その言葉や感情もそのまま?観察してみればいいのですよね。

なんとなくどうすればいいのか、なんとなくですがわかってきた気がします。

ありがとうございました😊


返信引用
稲津秀樹
結合: 4年前
投稿: 752
2020年10月11日 9:21 PM  

SANAさん、ご連絡ありがとうございます! 稲津秀樹です。

はい。また何かご質問があれば、遠慮なく『みんなの質問広場』を使ってくださいね!


返信引用
SANA
 SANA
結合: 11か月前
投稿: 18
2020年10月12日 2:11 PM  

こんにちはヒデさん

何度もすみません

このトピックに当てはまるのかわからなかったのですが、自分を観察するというのをやっていて、ジャッジをしないようにと、でてきた感情もただ観察するというのをやっていたんですが、なんだか泣けてくるというのもやはり感情がでてきていることになりますよね?

今の自分も観察しているうちに、だんだん過去の自分もみていて、それは悪いことをしていたという記憶だったはずなのに、自分がそのとき何を思っていたのかとかもでてきて、それを見ていたらなんというか、子供の自分の頭を撫でてやりたくなるというか、抱きしめてあげたくなるというか、これも感情がでてきているからちゃんとただ観察していることにならないなと思って戸惑っています。

ただ観察をするというのはなかなか難しいです。

静かな場所で、自分のことを今の私だったり、過去の私だったりのやったこと言ったことを淡々と観察するつもりで見ているというイメージで頭の中でやっていたのですが、特に子供の頃小学生とかもっと小さな頃の自分のことを見つめているとなんだかとにかく抱きしめてあげたいとか、大切にしてあげないとという感情がでてきてしまって、それを観察するというのは難しいです。

私の方法が間違っているのでしょうか?

子供の頃の自分を今更ですが、大切にしてあげたいのは間違っていないとは思うのですが。

どうなんでしょうか?

よろしくお願いします。


返信引用
稲津秀樹
結合: 4年前
投稿: 752
2020年10月12日 6:18 PM  

SANAさん、こんにちは! 稲津秀樹です。
ではご質問にお答えしますね。

質問
なんだか泣けてくるというのもやはり感情がでてきていることになりますよね?
回答
感情が動かなくても涙が出ることはありますが、多くの場合涙が出るということは、感情が動いているという証になります。

また感情が出てくるということは、そこに観念が隠されているということです。
ですので、感情が動いた時は、観念を探すようにしていきましょう。

そしてただ観察するというのは、八正道の正見と正思(正思唯)が出来ていなければ、難しいものなのです。
ですので、八正道の正見と正思(正思唯)もできるようにしていくことが大切になりますよ。


返信引用
SANA
 SANA
結合: 11か月前
投稿: 18
2020年10月12日 6:29 PM  

ヒデさんお早い返信ありがとうございます😊

感情が動いた時に観念が隠れているというのはヒデさんのメルマガで読んだので知っていましたが、今まで腹がたったときのことしか考えていませんでした。

まず自分の観念を探すことから始めてみます。

観念とは主観的な価値観や思い込みのことなんですよね?

ジャッジの基準にしているものともいえますか?

ただ観察するということは正見と正思ができていないと難しいのですね。

どちらも先入観を持たないことが大切なんですよね?

言葉ではなんとなくわかるのですが、どうやればいいのかよくわかりません。

正見、正思の方法は自分で試行錯誤して掴んでいくしかないでしょうか?

よろしくお願いいたします

 


返信引用
稲津秀樹
結合: 4年前
投稿: 752
2020年10月13日 1:21 PM  

SANAさん、お返事ありがとうございます! 

観念とは、『主観的な物事の捉え方(主観的な価値観)』のことで、観念によって人は判断(ジャッジ)をするのですね。
そして観念が人生を創るのですが、これを『観念の法則』と呼ぶのですよ。

また正見と正思(正思唯)などの八正道は、文章ではお伝えしづらいものですので、これらに関しては幸せな自由人Loungeで教えています。

そして最後に、先入観についてですが、先入観は観念の一部となりますので、観念を変えることにより先入観も変わりますので、まずは観念について学ばれるのが良いと思います。


返信引用
SANA
 SANA
結合: 11か月前
投稿: 18
2020年10月13日 1:42 PM  

ヒデさん返信ありがとうございます!

まずは観念なのですね!

観念が多いほどジャッジをたくさんしている人生になるようで窮屈だなと思いました。

幸せな自由人loungeに八正道の講座の動画はあるのでしょうか?

まずは観念とハ正道をきちんとまなぶことにします。

ありがとうございました😊


返信引用
稲津秀樹
結合: 4年前
投稿: 752
2020年10月14日 7:38 AM  

SANAさん、お返事ありがとうございます!

幸せな自由人Loungeでは、今月から八正道が始まりますよ!


返信引用
SANA
 SANA
結合: 11か月前
投稿: 18
2020年10月14日 12:38 PM  

こんにちはヒデさん!

教えていただいてありがとうございました😊


返信引用
稲津秀樹
結合: 4年前
投稿: 752
2020年10月15日 6:26 PM  

はい☺️


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